【読みもの】漂泊民とは何者か?

【読みもの】

漂泊民とは何者か


 スペクテイター編集部


2026年1月30日に発売したスペクテイター最新号「にっぽんの漂泊民」。その内容と、制作の舞台裏を紹介します。

漂泊民というテーマに注目した理由

「漂泊民=アウトサイダー」的な視点から、日本の歴史を考えてみたら面白いのでは? と思いつき、このような特集を企画してみました。

むかしの日本人は私たちが想像する以上に、日常的にあちこち動きまわって移動していたらしいのです。

傀儡師、木地師、マタギ、猿回し、ゴゼ、サンカ……農耕を主業とせず技能を生業とする半定着民が歴史のなかに出現します。

そのことは『少年マガジン』で連載されていた白土三平先生の「ワタリ」という劇画を通じて、なんとなく知っていました。

SPECTATOR Vol.55 イラスト・丸尾末広

半定着民とは?

移動性が高い人たちのことです。土地そのものへの依存度が小さく、あちこち移動しながら暮らしていた人たちなので、公式な帳簿に登録されなかった。

農耕民的な日本人とは別の次元に住み、為政者に管理されてないも同然。そんな彼らはもしかしたら「陽気な反抗者」だったのではないかと、ふと思ったのです。

先にあげたように、多種多様に漂泊の民は存在していたわけですが、今回の特集ではサンカの扱いが大きなものになりました。

Vol.55「絵で見る漂泊民」作画・河井克夫

サンカとは?

漂泊民を大きく括るさいの「共通語」的なことばで、民俗学の用語でもあります。どのような定義をされているのか、辞典の記述を見ましょう。

さんか 現代まで定住することなく、山間水辺を漂泊する特殊民群の代表的なもの。ミツクリ・ミナホシ・オゲ・ポンなどとも言う。西は九州から中国山脈、近畿中部から東は関東地方にも分布している。

単純な生活様式で、セブリと称する仮小屋または天幕によって転転と移動し、男は泥亀、ウナギなどの川魚を捕えて売り、女はザル・カゴ・オサ・箕(み)などの竹細工をする。これらによって山農村と多少の交渉をもっている。(以下略)(『民俗学辞典』民俗学研究所編 東京堂刊 1951年)

Vol.55「サンカの民って何だろう?」礫川全次氏に聞く

サンカの実像について

私自身、現実のサンカの姿を見たことはありません。ただし、サンカの末裔の姿や声は、テレビ朝日の番組(「報道発 ドキュメンタリー宣言 日本の原風景”サンカ”」 2010年10月16日放送)で見たことがありましたが、その程度です。

そもそもサンカ研究家の第一人者とされる三角寛が公表した情報に、虚構の疑いが囁かれていたりして、証明の難しいものだったりもしていますから、「サンカの実像はこれだ」と言い切ることは難しい話です。

しかし活字記録に残された情報を総合してみますと、定住生活をいとなまず、セブリと呼ばれるテントと家財道具一式を背負い、一日に十里も二十里も数家族単位で、山野を放浪していた人たちのことをさしている。独自の言葉を持ち、グループ内部だけで通用する掟を持っていた、とも語られます。

Vol.55「漂泊民ってなんだろう?」 作画・アシタモ

サンカという言葉の語源

「坂の者」「山家乞食」から由来しているなど、ことばの発祥にはさまざまな説がありますが、漢字で表記する「山窩」はそもそも、明治時代の警察用語だったそうです。

大正末から昭和初年にかけて「説教強盗」と呼ばれた有名な事件が都内各地で発生し、この未解決事件にサンカが犯行に関わっているという噂が広まり、そのあたりからサンカと犯罪の関係について語られることが増えたとされています。

というのも、当時警察の目から眺めると、サンカは山賊と同類と思われていたらしいのです(妻木松吉という容疑者の逮捕により、「サンカ=説教強盗説」は否定されました)。ちなみに「窩」は「あなぐら」という意味で、山賊が山の洞窟を棲み家とすることが多かったところから来たそうです。

サンカの生業

山野で採ってきた竹や藤ヅルを素材に、箕(み)と呼ばれる農具を製造していました。箕とは穀類の振り分けをおこなうための道具で、当時の農家の必需品でした。

ときどき里に降りてきては、農家を一軒一軒訪ねて、新しい箕と米・野菜などを交換したり、いたんだ箕を庭先で修理をしていたそうです。

しかし、サンカの生活実態はじゅうぶんに把握されておらず、平地の住民たちから異端視されたりすることもあったようです。

Vol.55「マレビトってなんだろう?」堤邦彦氏に聞く

サンカはどう論じられたか

最初に学問的に論じたのは、民俗学者・柳田国男だったといわれます。

明治44年、柳田は「『イタカ』及び『サンカ』」という論文(『サンカとマタギ』三一書房 1989 で復刻)の中で、サンカは中世の漂泊民の傀儡師の末裔ではないかという最初のサンカ論を発表し、以後、鷹野弥三郎、喜田貞吉、後藤興善、宮本常一など、多くの民俗学研究者がサンカの謎めいた正体に惹きつけられて、サンカについての論考を残しています。

Vol.55「民俗学ってなんだろう」構成・ノンバズル企画

サンカは絶滅したか

山暮らしをしているサンカは、いまでは存在していないのでは? 

明治になって戸籍法が制定されるとサンカの生き方は国から禁じられ、しだいに一般の人びとと同じように税金をおさめて、徴兵検査も受けるようになります。

そして、戦後。高度経済成長の開始により、大量生産、大量消費が到来する。農業切り捨てによって工場生産のプラスティック製品が安く買えるようになった。

箕は必要とされなくなり、このときサンカは決定的な凋落を迎えたのではないでしょうか。

サンカという言葉に反応する人が多い理由

あらゆる規制や権威に背を向け、日本国の支配の外に住んで、自然と一体化しながら自由闊達に生きるイメージが漂泊民にあると思うのです。

その勇姿が現代人にとって夢や自由を感じさせるものだったからではないでしょうか。

Vol.55「人はなぜ、サンカに自由を見るのか?」今井照容氏に聞く


今号でインタビューに応えてくれた四人の識者

礫川全次氏
「歴史民俗学研究会」代表。異端的な主題を平易に分かりやすく解説することに定評がある。『サンカ学入門』『サンカと三角寛』など著作多数。

今井照容氏
会員制の業界誌『出版人・広告人』発行人。朝倉喬司らと「サンカ研究会」創設。著書に『三角寛「サンカ小説」の誕生』(尾崎秀樹記念・大衆文学研究賞受賞)など。

清水おさむ氏
劇画家。『美しい人生』『JUKU』など著書多数。幼少期、荒川河川敷でサンカの住居に出入りする貴重な体験をもつ。現在、サンカをテーマにした新作準備中。

堤邦彦氏
京都精華大学名誉教授。専攻は国文学。怪談研究の第一人者として知られる。フランク・ザッパと水木しげるを掛け合わせたロックバンドでテレビ出演の経験もあり。


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 にっぽんの漂泊民

発売日 2026130

定価 1,200円(税別)