【読みもの】『パソコンとヒッピー』ができるまで 連載3回目

【連載3回目】
『パソコンとヒッピー』ができるまで
雑誌『スペクテイター』の冒険、その現在地
取材・構成 桜井通開
関根美有インタビュー
『パソコンとヒッピー』の作画を担当した関根美有さんに、原作者の赤田祐一さんとのコラボレーションなどについて、お話をうかがいました。
赤田さんとのコラボ(赤田さん原作、関根さん作画)について
───赤田さんとの出会いは、どのようなものだったのでしょうか。赤田さんからは、コミティアで入手したフリペのような冊子にのっていた関根さんの作品を見て気に入り、連絡をとった、といったようにうかがっています。
関根 赤田さんからご連絡をいただきました。なんで私なんかに声をかけてくださったのかなあと思っていた気がします。最初は直接お会いして打ち合わせをした記憶があります。場所は忘れてしまいました。
───『スペクテイター』に関根さんの作品が初登場したのは、「カレー・カルチャー」特集(2017年、Vol.40)の、マンガ「博士のカレー」ですね。赤田さんとのコラボ(赤田さん原作、関根さん作画)による最初の作品は、「わび・さび」特集(2019年、Vol.43)の「まんが わび・さびの歴史」でした。原作者とのコラボによって作品をつくることは、関根さんにとって、これが初めてだったのでしょうか。
関根 友人が書いた物語や会話などをもとにした短いマンガを描いたことはありましたが、仕事として、いただいた原稿をもとにマンガを描いたのは初めてです。
───赤田さんという原作者とコラボすることは、どういったところがおもしろく、また反対に、どういったところに苦労があるでしょうか。
関根 情報量の多さが圧倒的に違います。それが文字量の多さにもつながっているので、それを指定のページ数におさめるのが苦労とも言えるし、おもしろさとも言えます。資料をたくさんくださるのと、参考文献なども教えてくださるので、自分でも調べたり読んだりできて、イメージがしやすいです。
『パソコンとヒッピー』、パソコンの思い出
───今回単行本として出る『パソコンとヒッピー』のもとになったのは、「パソコンとヒッピー」特集(2021年、Vol.48)でした。「わび・さび」特集(2019年、Vol.43)からはじまった赤田さんとのコラボは、「ヒッピーの教科書」特集(2019年、Vol.44)、「日本のヒッピー・ムーヴメント」特集(2019年、Vol.45)をへて、この「パソコンとヒッピー」が4回目にあたるかと思います。このときの作品は、100ページ以上にわたる巨編であり、たいへんな迫力がありました。この号の反響は大きかったようで、続編ともいえる「まんがで学ぶ メディアの歴史」特集(2022年、Vol.50)もつくられました。「パソコンとヒッピー」特集の作品をつくりあげるまでには、たいへんな苦労があったかと思いますが、そのときの思い出話などありましたら、教えてください。
関根 私は兼業マンガ家なので平日の仕事との両立がたいへんです。なんならそれ以外にたいへんなことはないです。ゲーム機はないけどパソコンはあるという家で育ったため、こどものころからパソコンになじみがあり、郷愁すら感じます。なのでお声をかけていただけてうれしかったし、描いていて楽しかったです。
───平日の仕事との両立は、たしかにたいへんですね。あれほどのボリュームの作品であれば、なおさらです。こどものころからパソコンになじみがあったということで、「パソコンとヒッピー」というのは、じつは関根さんにピッタリのテーマだったわけですね。「パソコンとヒッピー」特集の作品をつくりあげるまでに、赤田さんの原作や参考資料などを、じっくり読みこまれたと思いますが、その内容にかんして、とくに印象にのこった人物やエピソードなどはありましたか。
関根 MITの学生や企業の研究者たちが毎夜集まって「スペース・ウォー」というゲームをしているエピソードが好きです。さっきの話にもつながっているのですが、こどものころ兄が友人らとパソコン(当時はマイコンと言っていたような気がします)で遊んでいた光景を思い出してほっこりします。

───あのゲームをしているエピソードは、たしかに印象的で、「パソコンとヒッピー」の名場面といえますね。ご自宅にあったパソコンですが、メーカーや機種はわかりますでしょうか?
関根 NECのPC-9801とシャープのMZ-700がありました。MZ-700の方にはキーボードの部分にレシートのようなプリンタがついていたのがかっこいいなあと思っていました。
───2台もあったのですね。お兄さんが遊んでいたゲームは、どんなものだったのでしょうか。
関根 『マイコンBASICマガジン』という雑誌にプログラムがたくさん載っていて、それを見ながら入力するとゲームができるようになるんです。兄たちはそれを地道に入力して遊んでいました。
───『マイコンBASICマガジン』、通称「ベーマガ」ですね。いまITの世界で活躍している人にも、こどものころにこの雑誌を愛読していて、それがITの世界に入るきっかけになったという人は多いようです。
関根さんの作風について
───「パソコンとヒッピー」以降も、「自然って何だろうか」特集(2021年、Vol.49)、「まんがで学ぶ メディアの歴史」特集(2022年、Vol.50)、「自己啓発のひみつ」特集(2023年、Vol.51)、「文化戦争」特集(2023年、Vol.52)と、赤田さん原作・関根さん作画による作品は、毎号のように『スペクテイター』に登場しています。関根さんの絵には独特の存在感・空気感のようなものがあり、どんな特集であっても、不思議にフィットしているように思います。これまでの『スペクテイター』での仕事をつうじて、学んだことや、影響をうけたこと、関根さんの作風になにかあたらしいものがもたらされた、といったことはありましたでしょうか。
関根 『スペクテイター』に掲載されているほかの方のマンガがどれも上手なので、なんで私も同じ誌面に描かせてもらえているのだろうといつも思っています。絵が下手なのは自覚しておりますので、せめて読みやすいコマワリにしようと考えています。
───関根さんの作品は、どのコマをとりだしても、絵・イラストとしての完成度が高いと思います。いっぽうで、マンガとしてのコマ割りも見事で、それが関根さんのどの作品にもつうじる、独特の空気感、「間(ま)」のようなものをうみだしているように思います。
マンガを描きはじめたきっかけ、好きなもの
───マンガはいつから描いていますか? マンガを描きはじめたきっかけは、どのようなものだったのでしょうか。
関根 小学生のころに親から『まんが道』(藤子不二雄)を贈られて、漫画家になりたいと思いました。もっと小さいころから絵をかくのは好きでしたが、マンガを描くことになったきっかけはこの『まんが道』です。
───親から贈られた『まんが道』が、マンガ家になるきっかけだったのですね。それ以外に、これまでに影響をうけたマンガ家やマンガ作品はありますか?
関根 『まんが道』は藤子不二雄Ⓐですが、藤子・F・不二雄も好きです。

───マンガ以外のもので、好きなもの、影響をうけたものはありますか?
関根 哲学の本を読むとわくわくします。若いころに出版社でアルバイトをしておりまして、そこで哲学のシリーズ本のお手伝いをしていました。ゲラの整理をしながら原稿を読んで、はまってしまいました。
───哲学がお好きなのですね。好きな哲学者はいらっしゃいますか?
関根 もし座右の銘を聞かれたら、ヴォルテールの「私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」と答えます。でもヴォルテールが好きなわけではないです(そもそもヴォルテールの言葉ではないとも言われているそうですね)。
───ヴォルテールのその言葉は、私も大好きです。好きな哲学本などはありますでしょうか?
関根 『ソフィーの世界』です。王道すぎてお恥ずかしいんですが、むかし読んだときにすごく衝撃を受けた記憶があります。最近、読み直そうと思ってまた買いました。
───『ソフィーの世界』は、空前のブームを巻き起こしましたね。ちなみに、アルバイトで手伝っていたという哲学のシリーズ本は、なんというシリーズでしょうか?

関根 中央公論新社の『哲学の歴史』です。私はただのアルバイトなので印刷所やデザイン会社にゲラの整理や雑用をしていただけです。著者はもちろん編集者のみなさんも哲学を学ばれている方でした。そんな方たちの話を聞くだけでも面白かったです。
───なんと、中央公論新社の『哲学の歴史』ですか。オレンジ色のやつですよね。このシリーズはほんとうにすばらしい内容で、私も大好きなのです。これの制作に関根さんがかかわっていたとは、驚きです。
『スペクテイター』について
───『スペクテイター』という雑誌の個性、おもしろさは、どのようなところにあると思いますか?
関根 内容の良さはもちろんなんですが、デザインがかっこいいです! 読まなくても本棚に並べておきたい雑誌です。表紙が見えるように並べたいです。
───デザインがいいというのは、たしかに『スペクテイター』の大きなポイントのひとつですね。
雑誌『母の友』の連載「答えがほしいわけじゃないの」
───最近の主な活動・作品などについて、ご紹介ください
関根 『母の友』(福音館書店)で連載をしていました(残念ながら雑誌が休刊となってしまいました)。
───「人生相談ふう漫画」の『答えがほしいわけじゃないの』ですね。『母の友』のバックナンバーでいくつか拝見しましたが、主人公のちょっとした悩みに、牛乳びんとかヤドカリなどが回答してくれて、人生を応援してくれるという、シュールなほのぼの感が、とてもよかったです。『母の友』も、内容・デザインともに充実した、いい雑誌でしたね。(④へつづく)

『母の友』に連載されていた『答えがほしいわけじゃないの』をまとめた、前半分の『答えがほしいわけじゃないの 2018-2020』、後半分の『答えがほしいわけじゃないの 2021-2023』(いずれも発行はエベレストライブラリ)は、雑貨店百水(東京・千石)とタコシェ(東京・中野)で扱っているとのことです。タコシェはオンラインショップでも入手可能なようです。
関根美有 人生相談ふう漫画「答えがほしいわけじゃないの 2018-2020」
https://taco.shop-pro.jp/?pid=183659559
関根美有 人生相談ふう漫画「答えがほしいわけじゃないの 2021-2023」
https://taco.shop-pro.jp/?pid=185056054
